明確に クッションを投げつけて涙を滲ませ訴える。 ありがちなどこかのワンシーンのようだと思うこともできたかもしれない。 相手が女の子であったなら。 「ひどいっひどいでロマーノ!俺のことは遊びやったんやね!」 「その発言が出てくるお前を俺は心底殴りたい」 今にも泣きそうな表情でキーキー言い募ってくるのは元宗主国であり保護者でもあったような関係性を説明するには 一癖も二癖もありまくる男、スペインだった。 自分たちのような存在を厳密に定義づけるのは面倒くさいので難しいことはさておき、目の前の奴はとても鬱陶しい。 投げたのがクッションだったのは近くにあった危険性の低いものがそれだったからだろう。 なんだかんだ言ってスペインは甘い。特にロマーノに対しては。 だがしかし涙ぐんでクッションを男にぶつけられるのは正直言って、本気で気持ちが悪い。 ソファでごろりと、片肘で頭を支えながら見遣る間も相手はのの字でも書かんばかりの勢いで嘆いている。 ちなみにとても寛いでいるが、ここはスペインの家である。人様の家でするものではない尊大な態度も日常茶飯事。 長年の慣れで、ツッコミも入らずに進む一部始終は知らない者からしたら意味不明どころではないはずだ。 聞くともなしに涼しい顔で寝転ぶロマーノを見て、スペインが悔しげに床を叩く。 「女の子に振り撒く愛想のひとかけらでも俺に撒いてくれたらええのに…!」 「男に口説き文句使って何が楽しいんだよ馬鹿かお前」 ついつい反応し、しまったと思った時には顔を上げて輝く笑顔。復活が早すぎる。 無視が一番の効果を発揮するとわかっていて絡んでしまう自分の習慣とも呼べる行動も諸々の原因の一種なのか。 「俺は楽しいで!あ、ロマーノ限定な」 「聞いてねぇよ」 ぱあっと笑った後にウインクで付け足された言葉は嬉しくもなんともない、お茶目とかじゃない。 すげなく振り払う手にもめげずに頬へと手を伸ばしてきて、合わせた瞳が優しく笑い、口を開いた。 心を込めて語る台詞は甘やかに軽やかに紡がれていく。 「突き刺すくらいのその視線が俺の心を射止めてもうた。胸に走る恋ていう名前の甘美な痛みはお前やないと癒されへん。 お前を想うだけで痛みが増して俺を蝕んでいくんよ、そやから他なんて見んと俺だけを瞳に映して――…」 「やめろ気色悪い」 言い終える前に手のひらがべちんと顔面に当たり、戯言が止まる。 「ロマーノ!」 「もうその痛みとやらに蝕まれてろ、永久に」 叩いた拍子に取られた手首をぎりぎりと引っ張りながら冷たい視線を飛ばしておく。 諦め悪く離さないスペインの顔が普通に必死なので段々と情けなくもなってきた。 だいいち、可愛い女の子を見かけたら声をかけるのはイタリア男としての性分である。 スペインだって女の子には優しくする主義だろうに、たまに現場を見かけては後から絡んでくるのはなんなのだろう。 「つーかお前、俺に夢見るのいい加減やめろよ……こんだけ生きてりゃそれなりに色々あるに決まってんだろ」 「ロマーノは俺の可愛いロマーノやもん!」 「うぜぇ!」 溜息をつく間もあればこそ、何度聞いたか分からない馬鹿な発言が飛び出して思わず頭突きをかましていた。 十八番といっても過言ではない攻撃はスペインに対しては十割のヒットを記録している。至近距離と隙のせいだが。 額に当てたクリティカルは自分もいくらか痛かったけれど、相手の痛がりようからして失敗ではない。 さすがに手を離し、無言で頭を抑えて数秒後――声も出ないほどの威力だったようだ――打撃による涙目で恨めしげに叫ぶ。 「てかそんな話とちゃうやん!つい最近の話やろ!」 空気は読めないくせにこういうところは無駄に誤魔化されてくれない。 昔から、ロマーノの話は途中で腰を折っておきながら己の話は継続して行う無神経さはあった、そう、それこそが空気が読めていない何よりの証拠なのだ。 「ちっ…」 「舌打ちすな!」 心から漏れたような舌打ちを見咎め、叱りつける声が飛ぶ。 悪びれないロマーノの様子に頭を抱えてスペインは嘆いた。 「あーもうこの子はなんでこない冷たいんかなあ!愛は?親分への愛は?!」 「そんなもんあるか」 間髪入れず切って捨てた言葉にスペインが涙目になる前に更にロマーノの声が続く。 「情だ」 断片で示されたそれは、真剣に、かつ決して軽くない響きを伴って二人の間に落ちた。 相変わらず寝転んだままの無作法な体勢で放たれたにもかかわらず、スペインを黙らせるには十分だった。 「何があってもお前は俺を見捨てないし、俺はお前を拒否しない」 否、彼は対応ができなかったのだ、ロマーノの瞳に捕らわれて。 「ずっとそうだったし、これからもそうだ。支配の名残とか思うならそれでいい、俺にとってお前はあって当たり前の存在なんだからな」 ゆるり、起き上がったロマーノは片膝を立て、両腕で抱え込むようにしてからはっきりと言葉を繋いだ。 「だから情だ」 繰り返される、宣言。 「お前に俺があるとしたら、それだろ」 最後に付け加えられたいくらか力のない声。投げやりと諦めが混じったかに思える言い草も、彼の性格を汲み取れば簡単だ。 「ロマーノ……」 覗き込むように顔を寄せたスペインが優しく言う。 「言い終わってから恥ずかしくなるんやったら無理せんとき?」 「うるせーぞちくしょうが!」 どっときたんだ後から!そう喚く彼の顔は保護者の気遣いによってこれ以上ないくらいに真っ赤になった。 それこそ極上の笑顔でスペインが抱きついてきたのは仕方のないことといえよう。 反抗するのも面倒くさく膝を抱えた状態のままぎゅうぎゅう抱きしめられたロマーノはあからさまに溜息を吐く。 「どないしょー感動やわー俺めっちゃ感動してもたわー親分幸せ者やー」 耳元で騒ぐ相手がひたすらに煩い。 「だいたい、親分とかとっくの昔に終わってんだろーが!」 せめてもの意趣返しにと毒づいて腕を抓ってみるものの、ご機嫌よろしく額をこつり、目を細めて笑いかけてくる。 「子分と違う扱いなんか、もう十分やっとるよ?」 発言の意味するところに沸きあがる感情をぶつける間際、密着がするり解かれて両肩にそっと手が乗せられる。 「ところでロマーノ。さっきの話、まだ終わってないやんな」 途端、肩にかかる力。これは逃げられない。 笑った瞳がすっとぼけるのもいい加減にしろと責めている。 甘ったるい雰囲気が一気に霧散し、鋭い舌打ちが小さく響いた。 「空気読めよ」 |