語るに落ちる


穏やかな風が吹き抜けて、手元の雑誌が自然にめくられた。
ふと後ろに視線を向けると昼食の片付けをするスペインが目に入る。
タイミング良く交わった瞳が優しく笑ってきたので、ついと逸らすように首を戻した。
ああいうのは、卑怯だ。

お互いの家へたまに立ち寄って、何をするでもなくだらだらと時間を過ごす。
スペインは当たり前のようにロマーノの分まで食事を作るし、それを拒否する理由などあるはずもなかった。
それ以前に腹が減っただの言い出すのは本人であり、もはや染み付いた日常の一部なのだ。
どんなに期間があいて訪れても変わらない空気が落ち着くのは少し癪だが嫌じゃない。
改めて意識してなんともむず痒いような気分になった時、後ろから伸びた腕がロマーノを抱きすくめた。

「ロマーノー」

間延びした声が甘えを含んで自分の名を呼ぶ。男の猫なで声なんて寒いものでしかないのだが、慣れてしまった自分が恨めしい。 椅子にもたれかかってくるスペインの顔が耳元に寄せられた。
これは、来る。

「したい」
「くたばれ」

予想通り投下された三文字をロマーノはハイスピードで却下した。
えー!とブーンイグをかますスペインのほうを向こうともせずにロマーノはぺらりと雑誌をめくる。

「てめぇはもうちょっと雰囲気を考えるとかできねーのか」
「そんなん言うてもどうしたらええの、したかったらそういうしかないやんかー」

子供のような拗ねた文句を吐こうがその内容は年齢制限、この開けっ広げぶりをどうしたらいいのだろう。
懐かしさとか微かによぎった感謝みたいなものも全て吹っ飛んでいく残念加減に溜息しか出ない。

「お前ほんといっぺん生死の境でもさまよってくればいいのに」
「でもほんまにそうなったらロマは心配してくれるんやんなー優しい子やもんなー」

それなりの暴言をぶつけたはずが己の行動を反芻させて喜ぶシチュエーションに変えてきた。
なんでそんなとこは器用なんだよ。
人が気張って行った時には何の用かと殴りたい笑顔で訪ね――実際、後で殴ったが――へらへらとしてたこいつは、 むかつくことに寝込んでいた時の俺の呼びかけをがっつり覚えていやがった。
調子に乗って顔を擦り付けてくるのはよせ、うざい、激しくうざい。
雑誌がぐしゃりとひしげて皺になる。もうだいぶ前から頭になんて入っていない。
ああもう、こいつはこいつはこの男は本当に。

「マジうぜえ!消えろ!」

無残な雑誌をそのまま奴の顔にぶち当てた。うぎゃ!と声を上げて静かになったスペイン、ばさりと落ちる雑誌。 ちょっとスッとした気分と引き換えに、じめじめ落ち込む馬鹿を手に入れた。

「ロマ冷たい…ずっとお預けやのに」

人の肩の上で泣き真似までやってくる始末、かなり殴りたい。
もしかしたら本当に泣いてるのかもしれないが、それはそれできもい。

おかしい、非常におかしい。たった数分前まではのどかな時間だったはずだ、こんな過ごし方も悪くないなんて
考えるくらいには平和だったはずだ。
何だ、何が悪いんだ、自分か。部屋でぼーっとしているのがそんなに悪かったかいつものことだ、ど畜生!

「テメェがそうなら俺だってそうだろーが!」

うっかり叫んだ言葉の意味を、これほど後悔した日はない。


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