相互理解の溝 ごくん、と飲み込んだ音が生々しい。 いやそんなことを思うレベルはとっくに過ぎているのだが、目の前の状況を冷静に認識できたらもはや聖人だ。 口元を拭い、見上げてくる視線に絡めとられる。駄目だ、これは耐えられない。 「ロ、ロマ、ほら、終わったら――」 なけなしの忍耐を振り絞って、目線をずらして宥めに走る。 我ながら最低の台詞チョイスだとさすがに思うけれど、どうせ気の利いた言葉なんて言えた試しがないのだから今更だ。 もはや開き直りの方向で相手の肩に手をかけ、押し戻そうと試みる。が、しかし、乱暴に跳ね除けられ、ロマーノの身体がスペインの片足を跨ぐように擦り寄った。 近づく顔より何より問題なのは、太ももに押し付けられた、熱。 「俺が満足するとでも思ってんのか、こら」 挑発と情欲を瞳に浮かべ、ロマーノは腰を擦り付けた。 「そんな喧嘩の売り方があるかぁあああああ!!」 力の限り間違ったツッコミを入れたスペインは自分の叫び声で目を覚ました。 微かに荒い息を整え、周囲を見回す。まごうことなき自分の部屋だ。 EUに加入してからめっきりやらなくなったシエスタを久々にやった結果がこれか。 ちゃんと動いて働けという思し召しなのだろうか、だったら拷問にも程がある。 脳裏に焼きついたロマーノの顔を振り切るように頭を振って、がっくりと項垂れた。 跳ね起きたせいで少しくらくらする、水でも飲むかと動こうとしてスペインは思い切り固まった。 まあ、あれだ、生理現象というやつだ。 男として存在する限り仕方がない、仕方がないがあの夢のあとでこれはさすがに最悪だろう。 「俺、どんだけ欲求不満やねん……」 正直、否定はしない。だからといって自分の深層心理みたいなものに突きつけられるとへこむ。 「そりゃあロマは可愛いし抱き締めたいしそれ以上もしとーてたまらんしいつだって大歓迎やけど!」 それだけではないし、普通に過ごす時間も何もかもひっくるめて愛しいと感じるわけで。 「とにかく夢よりも現実のが何倍も好きやっちゅーねん!ってそれも違う!」 「何叫んでんだお前」 口走った発言に自己ツッコミ、あさっての方向へびしっと裏手をかましたところでかかる声。 一瞬止まり、ぎこちなく視線を巡らせてみると、ロマーノが胡乱な表情で入口にもたれている。 「ロ、ロマーノいつの間に!?」 「いまさっき。玄関あいてたぞ、無用心すぎんだろ」 俺じゃなかったらどうすんだ、とか呆れる様子に、うっかりしてたわー、だの返しながらスペインは生きた心地がしなかった。 なんでこのタイミングで!今!この子くるんかなぁー!もうマジでありえへん、この子って言い方したらまた怒るんやろうなあ。 統一感のない思考がぐるぐる回る間にも、ロマーノがすたすたと室内へ侵入する。 スペインは焦った、被っている布団でおざなりに隠れているとはいえ、取られてしまえば一目瞭然だ。 「ちょ、いまあかん!!」 突然の大声に驚いてロマーノは足を止める。スペインが駄目といえば反射的に止まってしまう刷り込みのようなものがロマーノにはある、 微妙な距離を保ちながら、とりあえずその場に留まってくれた。 まるで親の躾だなとは思いつつ、素直なロマーノが可愛いくて嬉しいのも事実だ。 「は?なんでだよ」 「いや、ちょっと俺やばいし…」 「テメーの裸なんぞ見ても減らねーよ」 「下は履いとる!ってちゃうわ!もっと根本的にちゃうわ!」 面倒くさげだったロマーノの表情がふと変わる。しばし思案し、こちらを見遣るとニヤリ、口元を上げた。 「お前、寝起き?」 気付かれた。 そういうのを察せるくらい成長したことに喜んでいいのか悲しんでいいのか。 それこそ今更と言われるだろうが。 「へぇー」 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら、つかつかロマーノが歩み寄ってくる。 「ええ、ちょ、ロマ?」 悪い顔だ、物凄く悪い顔だ。こんな迫力も出せるようになって、とか現実逃避したくなる程には。 ベッド脇に辿り着き、止める間もなく乗り上げてこちらに迫る。ぎし、と軋む音がやけに響いた。 動けないスペインを覗き込み、それは嬉しそうにロマーノは言う。 「別にー?いつも最中にいやらしくねちっこくしてきやがるどこかの変態に仕返ししようなんて思ってねーぞこのやろー」 「めっちゃ言っとるー!駄々漏れやから!分かりやすすぎて涙出てくるから!」 後ずされば背中に当たる壁、あまりにお約束な絶体絶命。勢い余って後頭部を少し打ったが、痛みより優先すべきものがある。 「やって最中はあれやん?ノリノリやん?今めっちゃ正気やからやめてぇえええ!」 己を庇うように布団を握り、必死に声をあげた直後、凄まじい冷気を感じた。 「へー、なるほど」 氷点下、そういっても差し支えない声色。ぞくり、背筋に寒気が走った。 ロマーノの目が据わっている。 「俺とヤんのはその場の勢いだけってか?ああ?!」 「ちがっ!俺はお前にいつも本気や!ってそうやなくてー!」 珍しく失言に気付いたが意味はない。布団にロマーノの手が伸びる。 「この状況なにー!?親分頭まだ働いてへんねーん!」 「うっせー!黙れハゲ!」 ばっさあ、と音を立て、ついに掛け布団を剥ぎ取られる。そのまま床に落ちる布団の動きがやけにゆっくりに見えた。 睨みあうこと数秒――むしろ睨んでいるのはロマーノだけだが――相手の瞳が挑発的に光る。 「じゃあ、目が覚めるよう手伝ってやるよ」 また悪い顔になったロマーノがズボンの上からそこをなぞった。反応して震えてしまったのに気を良くし、口元を緩めて笑う。 「夢に見るくらい溜まってたんだもんなぁ?」 「や、ちょお待ち、ロマ」 「うるさい」 少し硬さのある場所をぎゅっと握る手。そのままもう片方でズボンを脱がしにかかったロマーノを見て、スペインは正夢かと途方に暮れた。 ああもう、理性を手放してしまおうか。 |