No me dejes


部屋のそこかしこに詰まれた納品待ちの箱の山。
申し訳程度にしかない迷路のような道を律儀に辿るのは崩して邪魔をしたって何の意味もないからである。
そもそも来ることが、なんて考えないわけでもないけれど本当に駄目ならスペインは言う、だから構わない。
散らばる造花をかき集めて箱に詰めるよりは作る端からまとめていけばいいのにと提案したのは片付けが不得手な自分であるが、 こんな風に積み上げるのであれば花を敷き詰めるのとそう変わりはなかったかもしれない。 長年見てきた限り大雑把であるこの男は気分で決めてしまうところがある。

「なあ」
「ん?」

部屋の奥、箱に囲まれぽかりと空いた空間でベッドに腰掛けながらロマーノはおもむろに声をかける。
寝具に寄せられた机は効率を重視したつもりか、作って寝て起きてというサイクルを容易に想像できて何ともいえない。 手元に視線をやったまま延々と手を動かし、それでも即答するスペインに胸のどこかがざわめきつつぶっきらぼうに言葉を投げた。

「好きって言えよ」
「好きや」

これも即答。

「もっと」
「好き好き大好きーロマーノめっちゃ愛してる!」

催促すれば語尾に星をつけんばかりの勢いで言ってきたので若干イラッとした。

「つまんね」
「なんで?!」

今度の反応もスルーされると思いきや相手がいきなり振り向いた。
目が合ったことに少し驚いてしまっているうちに不服そうな顔から仕方ないな、だの言いたげな表情に変化してスペインが立ち上がりロマーノを覗きこむ。

「もー、ちょっとだけ待っとってや、気まぐれさん」

連絡もなしに突然訪れる自分をスペインはそんな風に呼んだ。揶揄にさえならない気安い関係は心地いい。
いつもの笑顔で手に持った造花に軽くキスを落とすと茎を器用に組み上げクレストのようにしてロマーノの胸ポケットに飾ってみせた。 思わず眉を寄せそっけなく言い放つ。

「材料の無駄遣いはやめとけ」
「少しの茶目っ気くらい受け取ってーや」

ほんま、つれない子。口ぶりに悲壮感など欠片もなく、ただふわふわと笑っている。
スペインは何に満足したのかひとつ頷くと素材を抱えて自分の隣へ腰を下ろし造花へと意識を戻した。
当たり前のように嬉しそうに座ったりする相手がやっぱり腹立たしく思えた。

「お前、俺のこと好きだよな」
「うん」
「流れで返事してねぇだろうな…」

再びもくもくと作業に没頭しだしたにも関わらず、突然の問いかけに間髪入れず軽く答える。
思わずうんざりした口調になったのは積み重なる何がしかのせいだ。

「えー、だって俺がロマを好きなんはもう言うまでもないやろ」

花を量産しながらあっさり言い切ったスペインの台詞に同意できないこともないけれども、
放っておけば連呼してくる奴に言われるのは釈然としないものがある。

「なんや、ロマーノ。不安?」
「別に」

押し黙った気配を感じてスペインがロマーノへ視線を向ける。
先程より近くなった距離で見詰め合う気にはあまりなれず顔を背けた。

「つか、お前がそういう風に見てなかったの、知ってる」
「あ、バレてたん?」

苦く零した発言への悪びれない軽い返事に思わずシーツを握り締める。
その様子を見て苦く笑ったスペインは造花を仕上げながらも朗らかに言う。

「俺なあ、お前が可愛くてしゃあないねん」
「それも知ってる」
「せやから、俺を好きならそのまま惹きつけとけば一緒におれるかなー、そう思ってたんよ」

出来上がった花を箱へと放り込み、それは爽やかな笑顔を向けて。

「ロマーノが俺から離れられんようにしたろ、ってな」

言い方とは裏腹に突き刺さる内容は心を痛めるには十分だった。
瞳に涙の膜が張り、今でも零れ落ちそうになったところでスペインの手がロマーノの頬に触れる。

「ほら、そんな顔したあかん。お前に泣かれんの弱い」

本当に困ったような顔をするからタチが悪かった。こうやってこの男は何度も自分を追い詰め傷つけ、弄ぶのだ。 逃げられないと、知っていて。

「勘違いさせる順番で話したんが悪かったけど、続き聞いてや」

目元に何度かキスを落とし涙を舐めとると、宥めるみたいに頬を撫ぜる。
離れた手のひらが首をなぞり、指先が鎖骨に辿り着いた時、目を細めて言い募った。

「うっかり襲ってもた。止まらんかってん」

ごく低く響いたその声は瞳の奥にある情欲を知らしめるが如く。
息を飲み背筋を震わせてみれば、いつもの緩い笑みで相手は続ける。

「ロマの勝ちやね、親分落とされてしもたわー」

――なぁ、俺のこと好き?なぁ、言うて?
揺さぶられる度に落とされる問いかけにただ何度も頷いてしがみついていた。
それでも言葉をねだるスペインに、お前が、お前じゃなきゃ嫌だとぼろぼろ泣きじゃくった。
興奮を隠し切れずに笑ってみせたあの時の表情が、目の前の顔と重なっていく。

「繋ぎ止める為だけに抱くほど、俺は酷くないで」

涼しげに言ってのけたスペインがロマーノの髪を優しく撫でて覗きこむ。

「そんな訳で、ご理解頂けたやろか?Mi amor.」

もう一度、飾った造花に触れてキスを落とす相手の行動にカッと体中が熱くなった。
慌てて立ち上がり逃亡を図る、が、手首をしっかりと掴まれてそれ以上動くことができない。
いまきっと自分は酷い顔をしている、それはもう見せられない顔をしている。
ひたすら混乱に陥るロマーノにスペインが心底愉しそうに声をかけた。

「なんで帰るん?もう今日の分終わりやし可愛がったげるで」

いつの間にか片付けられた作業道具一式は机の上で、邪魔なもののないベッドに引きずり込まれたらどうなるかなんて今更だ。
ロマーノ。そう呼ぶ声が卑怯じゃなくてなんだというのか。

「まあ成功って言い方はアレやけどロマは俺のもんやし?」

――だから、離れるなんて言わんとってな。
甘く囁く腕の中に捕らわれて、感じたのは敗北感か否か。


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