着地点 スペインが空気を読めないことにはもう慣れた。そうとでも思い込まなければやってられないくらいロマーノはやさぐれていた。悉く色んなフラグをクラッシュしていく様はある意味愉快ともいえるだろう。むしろこいつわざとやってんじゃねえのか、なんて半ば本気で考えてしまうのも仕方ないと言えばそこまでだった。それでもロマーノはスペインが好きで、それは刷り込みだなんて生易しいものではけっしてなく根底になってしまった彼のアイデンティティの一部である。そんなロマーノを微笑ましく見るか哀れみをもつかは意見の分かれるところだが、本人にしてみれば些細なことでしかない。 スペインが全てで何が悪いのか。迷いもせずに言い切ったロマーノに対して元宗主国は僅かに苦く微笑んだ。だがその表情にほのかに滲む喜色を口にした本人は見逃しはしなかった。 そんなどこか歪んだ感情と関係を何の疑問もなく続けていくこと百年単位、ずっと同じようなやり取りをしていればお前ら懲りないねだの言われても文句は言えないのかもしれない。 だがしかし、だがしかし、だ。 「疲れ果てて帰って来て甘えて凭れ掛かって寝落ちんの何度目だと思ってやがる…!」 勝手に訪れたのは自分であるし、それは向こうもよくやることだとしても文句を言えた筋合いはない。第一来る前に市街でしこたま女の子に声をかけて軽く食事して飲んだところでなんとなく寄った時点でどうかという話でもある。寝てれば諦めるしさくっと帰るつもりだったがドアの前についた途端、後ろから聞こえる耳慣れた声。スーツを纏った国務帰りと思わしきスペインが疲れた顔に嬉しさを称えて抱きついてきた。 とりあえず室内に移動はしたものの挨拶もそこそこに久々の邂逅にテンションの上がった情熱の国はソファでべたべたとくっついて離れない。抵抗する気力も、そもそもするのが無意味と悟っているロマーノは疲れたと愚痴りながら自分を呼ぶ相手をおざなりながらも労わるていで撫でてみる。 ふと、空気の変わる瞬間。それはもう何度も体感したもので、ああまたかと思いながら特に期待もせずにスペインを見遣る。完全に甘えきって表情を崩していたはずの相手は強い眼差しで自分を見つめ、そっとソファへ押し倒す。ほほへ当たる手は熱い。 「なぁ、ロマ。好き、大好き」 息を吐き出した唇が重なる。口内をまさぐる舌にかすかな酒の匂いを感じ、やっぱり飲んでたかとぼんやり思う。されるがまま深いキスを終え、顔を上げたスペインが耳元へ舌を這わせて囁きかける。 「香水の匂い混ざってんで、ナンパしてきたやろ」 「そうだとして文句あんのかよ」 「別に。いま俺とおるんやったらそれでええ」 嘘だ、と思った。ならどうして押さえつける腕に力が入ったのか。束縛するつもりがないと言いながらそうしてくるのがこの男のずるいところだ。耳朶に噛み付き、首筋へ唇が移動していく。ロマーノの指が皺の寄ったワイシャツの背中をなぞる。 「…スペイン」 「………すー…」 「やっぱりな」 際どいか判断に悩むところでいつも途切れて眠る、たいした酒量でもないのに落ちるのは疲労の度合いだろうか。思い切り酔ったとしても大してタガも外れずにこうなるのだから正直タチが悪い。 スペインをソファに残したまま抜け出て寝室から取ってきた毛布をかぶせる。さすがに運んでやる義理まではない。軽く鼻を摘めば、ふが、と間抜けな声を出して身じろぐ。散々こっちを振り回したスペインは毎度幸せそうな顔で眠るのだ。ロマーノ、なんてたまに寝言まで付け加えて。 「正気じゃ襲う根性もないくせに」 呟いて、その言葉はそっくり自分にも返るのだと思い知る。否、むしろ分かりすぎているから呟くのだ。 このまま何食わぬ顔で朝を迎えて食事を共にし、そういえば何でロマーノおるん?だの言ってくるスペインをあしらって帰路に着く。 いつものこと、そう、いつものことだ。 |