シーツを握り締める感触だけが現実を認識される拠り所。
戸惑いと甘さの混じった声が零れること数回。
弱かったはずの静止が徐々に強くなり、手の甲を抓り上げるまで発展した。

「変な声出るからやめろっつってんだろ」
「それが目的に決まっているだろう馬鹿が」

口調は淀みなく、真剣そのもの。
ひと呼吸の間もなく切り替えされた発言は堂々としすぎていっそ清々しいほどであるが、それで納得も了承もできる訳がない。

「馬鹿はテメェだよ。いっぺんと言わずに二回か三回くらい死ね、頼むから」

死んだら治るというのなら是非治してきて欲しい、そう願うくらい許されるはずだ、いや許される。
心からの祈りでもって真顔で返答、その間も懲りずに這い回ろうとする手を掴んでギリギリと締め上げる攻防戦が続く。
一進一退な取っ組み合いの最中、言葉遊びは終わらなかった。

「人にものを頼む態度か」
「突っ込むとこそこかよ」
「いや、むしろ」
「その続き口にしたらマジで殴るからな、ほんと帰れマジで帰れ更に覆いかぶさってくんなうぜぇ!」

膝に足を割りいれて圧し掛かってこようとする相手を渾身の力で押し返す。
少し距離を空けられた海馬が忌々しげに舌打ちした。射殺さんばかりの瞳で睨み据えてくる。

「貴様は毎度毎度文句ばかり……何が不満だ」
「あえて言うならお前の存在そのものがな」

それしかなかった。部分改善とかいう問題ではない、とにかく色々と無理だった。
反射的に零れた答えに海馬は眉を跳ね上げ、胸倉に掴みかかってきた。

「抱かれる時くらい少しは大人しくしてみせろ!」
「もうしゃべんな!」

やはり勢いで蹴りいれた足が鈍い音を立てて相手にめり込む。
耳に届く微かな呻き声は至近距離ゆえの役得だなんて脳裏によぎった、どうかしている。
過剰な独占欲や感情が己だけの専売特許と思うのは間違いだ。たまに走る衝動がどんなものか、この男は知らない。
顰めた眉間に満足しつつ、肩を掴んで押し倒す。驚きに瞠った目を見るのが好きだ。
身体が動くに任せて唇に噛み付いた。目を合わせたまま、舌を差し入れる。
遅れて絡みつく相手の舌を鼻で笑い、糸を引いて解いたのち囁きかける。

「俺が反論反撃できないくらい押してくればいーんだよ、ばか」

戻る






「あれじゃん、お前がしないからだろ」

がっしゃん。物凄い音を立ててカップが落下した。
マグカップなのが不幸中の幸いか、割れることはなく中身を撒き散らすだけで済んだ。
あーあー、高いんじゃないのかこの絨毯。机にあったティッシュを適当に掴んで申し訳程度に拭ってみる。
染みを広げるだけだと前に誰かに言われた気もするが放置するのとどっちがマシなんだろう。
取り落としたままの状態で固まった海馬がぎぎぎ、と首だけ動かしてこちらを向いた。
前髪で出来た影がいつもより濃い錯覚に陥る。恨めしげな視線は軽くホラーだ。

「貴様がさせないの間違いではないのか」

歯軋り一歩手前のような様相で呪詛に近い声が落ちた。
たったひと言でここまで動揺させたらたいしたもんだ、と自分で思う。
こいつは案外メンタルが弱い。

「させてくださいって頼んでみろよ」

逆上して押し倒されるまで何秒か。

戻る