予想外


朝一番、控えめなノックの後に顔を出したのは弟だった。
どうした、とかける声は常の海馬からすれば幾分柔らかく、普段の彼しか見ていなければ驚く部類のものだったかもしれない。
今日の予定の確認だろうか、頭で仕事を反芻していたところ、駆け寄ってきたモクバが笑顔で見上げる。

「おはよう兄サマ!誕生日おめでとう!」

挨拶に続けざま紡がれた言葉にしばし沈黙。脳内の日付を照らし合わせて、ああ、と呟く。
にこにこ笑う弟の様子にフッと口元を上げる。

「わざわざ言いに来たのか」

台詞自体は素っ気無くとも心なしか優しげであるのは他ならぬ弟だから。
兄の言葉にうんと頷き、穏やかな空気もそのまま今日のスケジュールを読み上げるモクバ。 切り替えの早さは薄情ではなく、やるべきことを終えた後にこそ余裕が持てるという海馬の理念を分かっているからだ。
いくつかの確認を終え、最後に夜の予定が一件キャンセルとなったことを告げると、ファイルを閉じて付け加えた。

「明日は急なトラブルが入らない限りゆっくりだから」
「そうだな、食事の準備をさせておこう」

休日の了承を受け取ったモクバは顔を輝かせ、元気よく返事をして部屋を出て行った。
今日はお互い別スケジュールとなっており、会えたとしても夜遅くなるだろう。
朝の時間を利用して告げにきたモクバの気遣いが心地良かった。


消化しなければならない予定は瞬く間に過ぎていき、小休止も程々に海馬は激務と格闘した。
途中、多少こじれかけたがお得意の威圧で黙殺し、概ね配分通りに奔走して今に至る。
社長室のデスクで一人、チェック漏れを確認すれば本日の仕事は終了である。
午後十時まであと十数分、予定の詰まった日にしては終わる時間が割と早い。
朝に会談がキャンセルになったとモクバが知らせた為、空白部分ができたのだ。
海馬とて激務の最後にどうでもいい相手と語らいたくもなかったから幸運といえよう。
書類の束を机に置いて、息をつこうとしたところ、不躾にも扉が開いた。

「真打登場」
「帰れ」

ニヤリ笑う顔は見知ったもの、あまりの馬鹿馬鹿しい名乗り上げに条件反射で単語が飛び出る。 どこぞの漫画かアニメのように無駄に開け放して入室した城之内は大きな音を立てて扉を閉め、心外そうに腕を組んだ。

「なんだよ、せっかく来てやったのに」

ふんぞり返る態度に多少の頭痛を感じ、こめかみを押さえながら説教する。

「貴様はアポイントを取ることを覚えろ」

基本的に城之内の行動は突発的であった。連絡手段の活用法が中途半端なこの凡骨は、 「いま着いた」などという事後報告メールの数秒後に現れたりと自由すぎる。 かといって、こちらが連絡を取ろうとすれば留守番電話だったり電源が切れていたり そもそも充電していなかったりとまちまちすぎて腹が立つ。
結局待ち伏せや拉致なんて方法に近くなるのは本人のせいでもあるのだ。

「だいたい貴様は――…」
「おまえうるさい」

文句を繋げようとして、海馬は目を見開いた。
いつの間に近づいてきたのか至近距離の城之内は胸倉を掴み、勢いのまま口付けてくる。
目がかち合う睨みつけながらのキスは深く、遅れて反応した海馬が意趣返しのように舌を絡め取った。
乱れた息が漏れ、唇を離すと息のかかる距離で因縁をつける。

「なんでこの時間空いてると思ってんだよ」

すぐに掴み上げた胸倉を解放し、夜景の映る窓へと伸ばすように腕を広げた城之内は背を向けたまま言い放つ。

「あー、仕事の邪魔にならないように祝おうぜってけなげだよなあ、モクバも俺も」

言葉の締めに目線だけ寄越して口元で笑った。
くるり、振り向くとまっすぐに見つめ、再び近寄りながら朗々と数え上げる。

「最初に祝うのはモクバの権利、最後に祝うのが俺の権利」

デスクに手をついて見下ろして、

「あと二時間ちょい、俺以外には会わせねぇ」

挑戦的な笑顔と共に宣言した。

「これがプレゼントってのはどうよ」

不敵な表情崩さず、ふてぶてしく問うてきた城之内に笑いが零れ、鼻を鳴らす。

「貴様にしては上出来だ」
「点数が辛いなーベタに俺がプレゼントとかくそ寒いことしてほしーわけ?」

見下ろしたままふざけた様子で揶揄するのを、笑みを消して断ち切った。

「そんなもの何の意味もない」
「へぇ」

嘲笑のような一言も気にはならない問題にもならない。
デスクの上の手首を掴み、射抜く視線と声をぶつける。

「貴様は俺のものだろう」
「違うな」

言い終わりざま即否定、気分を害し眉を跳ね上げれば煽るように城之内の自由な手が伸びてくる。
肩を引き寄せ密着寸前、とてつもなく無礼な侵入者は勝ち誇って囁いた。

「お前が俺のものなんだよ」

自信満々なその態度が忌々しい。

「ほざけ」

口を塞いで喋れなくしてしまえば肩へと爪が食い込んだ。
その力が縋る色を見せるまで、今宵は離さなければいいだけのこと。
妙に響く秒針の音を聞きながら、海馬は目を閉じて城之内に集中した。



海馬誕生日お祝い企画へ寄稿。

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