自爆コマンド 4


紆余曲折で元の鞘に納まった二人であったが、海馬の記憶自体はまだ戻っていなかったりする。よって、負けず嫌いの当人に付き合って、方法を模索する日々が続く。 
 
「ショック療法が妥当だというのが総合判断だ。だがあまり無茶をするとモクバが騒ぐのでな…」
「オレも全力で止めるぞそれは」

病院での行動を思い起こし、城之内の声が低くなる。ためらいなく頭を打ち付けてみせる漢気は認めるが新たに怪我だのされては元も子もない。放っておけば治療でまで無茶をするんじゃないかとひやひやさせられるのはたくさんだ。
息をつく城之内の傍らで一人ごちて海馬は言う。 

「あとは追体験などが一般的か」

じ、と見てくる気配に顔を上げ、ぶしつけな視線を胡散臭げに睨む。

「なんだよ」
「既成事実、と言ったな」
「ぶはっ」
 
空気だけじゃなくて唾も飛んだ。ものすごく吹いた。
なにいってんだこいつは。
 
「オレとはそういった仲だったのだろう。ならば再現するまでだ」
「ちょ、待て!そんな事務的に言うんじゃねえよ馬鹿!寄るな!」

本気と書いてマジの目で迫る海馬が正直怖い、そして痛い。
肩に伸ばす手を抓り、もう片方を払いのけ、膝に緩く蹴りも入れたが威嚇程度じゃこの男は怯まない。勘弁してくれ。

「煩い!忘却に怒り狂うほどの関係だったのなら素直に差し出せ!」
「自分に嫉妬すんな!ボケ!」

くだらねー、すっげーくだらねー。ぎゃーぎゃー喚く馬鹿の肩を押し返しながら、目を見てハッキリ言ってやった。

「テメェが好きだからここにいるっつってんだろ!」

叫ぶが早いか、表情の止まった海馬は後ろに傾き、倒れた。
頭の着地点には肘掛け、またも懲りずに鈍い音を響かせて、
海馬がソファに沈んだ。

「そういうことを常日頃から言えというのに…」
 
 呟きののち、ゆっくりと持ち上がった手が、海馬の額を覆う。
 咄嗟に反応できなかった城之内が慌てて覗き込む。

「うわ、おい、大丈夫か?そろそろマジで頭悪く…いやそれは今更な気もするけど」
「黙れ凡骨」

遮るセリフに感じる既視感。思わず、ざっと身を引いた。

「来い」
「やだよ」

反射で答える、何故か抗いたい気分になる。

「動く気がせん。いいから来い」
「だから何でだよ」

少し苛立ちを含ませて言い募れば、予想外の答えがきた。

「垣間見せた貴様の本音のせいで気が抜けた」
「は?」

まったくもって訳が分からず動かない、むしろ動けない。海馬はひとつ息をつくと、額の手を外し、城之内を見つめて手を伸ばした。

「来い、城之内」

警戒心を捨てきれず様子を窺う城之内は、ひっかかりの正体に気づいた。常日頃、とさっき言ったかこいつは。

「もしかして、思い出したか?」
「貴様に突き飛ばされる直前にな」
「頭打つ前に?」
 そうだ」

淡々と進む確認の問答、ソファから降りて海馬の頭側に回りこんだ城之内がじりじり距離を取りつつも相手の瞳や表情を見つめ、やがて安堵するように息を吐いた。
いつもの、海馬だった。さっきのもほぼ元通りだったのだが、思い出さないことに本人がキレ始めるとしんどい。憂いはなくなるにこしたことはないのだ。
いやー、良かった良かった、これでひと安心。
気を抜いた城之内は次いでくる爆弾に思いもよらなかった。

「白状した貴様のおかげでフラッシュバックしたのだからな」
「は?え、なに、が………――っ!」

そう、忘れていた。ついさっき盛大に恥ずかしい告白を叫んだという事実を。

「今すぐ全部忘れろ抹消しろほんと忘れろマジで」
「思い出したというのに有り難味のない」
「いやないだろ!ほんとないだろ!どんなマンガだよこれっ…」

わきあがる羞恥は並大抵のものではない、テンパる城之内に海馬は更に追い討ちをかける。
それは記憶のない相手だからこそ言えた密かな本音。

 「予想以上に、俺を求めていたのだろう?」
 「っ生々しく言うなあっ!」

改竄するな、自分に都合よく文章を変えるな、ぎゃんぎゃん喚き倒しても、眼前の男は笑みを深くするばかり。

「もう知らねぇ、本気で知らねぇ、オレは帰るオレは帰るオレは帰るっ…!」

限界に達し、後ろを向いた途端、腕ががしりと掴まれた。今さっき頭打ったくせに元気な男は寝てればいいのに身を乗り出して自分を捕らえたのだ。
不機嫌な声が耳に届く。

「何故離れる」
「そこは汲もうぜ!いくら空気読めなくても気持ちを汲もうぜ!」
「ここにいればいい」
「だからっ…!」
「ここにいろ」

再三の要請、振りほどけない腕。答えなど決まっているも同然だった。悔しさを顔に貼り付けた城之内はむかむかしながら床にどかっと座り込む。捕られた腕は放してもらえない。

「医者呼ばなくていいのかよ」
「問題ない」
「駄目だ、さっきも頭打ってんだぞ」
「後でいい」
「よくな――っ」

指に感じる、温かさ。触れているのは、確認せずとも分かる。
突然の出来事に上ずる声。

「なっ、にしてんだお前!」
「遠くて顔は無理だ、引き寄せたらまた暴れるだろう」

思わず振り向けば、しれりと無茶を言ってまた指に口付ける。びくり、震える間にも手の甲、手のひら、ゆっくり優しく唇が熱を伝える。

「う、うざっお前マジでうざっ!」
「なら振り払うか?」

している間閉じていた目を開け、視線と共に問う。 
問いかけの形を取っておきながら、断ることは許さない、狡い瞳だ。拒否をすればまた傷つくと見せかけて拗ねるだろう展開が容易に想像できた。何歳だお前は。 

「してやるから、終わったら医者呼ぶぞ」

開いた片手をソファにかけて、身を乗り出し顔をそっと近づける。大人しく待っている相手がおかしいと共に正直不気味でなんともいえない気持ちになった。
手を肩に滑らせ目を閉じる、触れる温かさにやっぱり安堵してしまった自分がとても悔しい。

「口説きにかかる貴様も悪くない」

満足げにふてぶてしい笑みを刻む海馬が本気で鬱陶しく、殴りたい衝動を抑えるのにかなりの努力を必要とした。
振り回し振り回される日常が心地良いなんて、絶対に言ってやるものか。

「二回もオレに惚れたくせに」

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