自爆コマンド 1


原因がなんだったのかは覚えていない。
突き詰めるほど深刻なものでなかったことだけは確かだ。
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、些細な諍いが発展するなんてのは今に始まったわけでもなかった。ただ、その時は自分も海馬も虫の居所が悪く、歯止めが利かないまま最悪の事態に陥った。
最悪とは何を指すのか説明は難しいところではあるが、現在の状況を最悪と言わずしてなんと言うだろう。

罵り合いから取っ組み合いに移行した喧嘩は床を転がり、そこらのものに被害を及ぼした。だが、連鎖して起こりうる二次災害はそれこそ半端なかった。周りなど見えていない二人がぶつかった机、ぐらりと傾いて落下する、何か。鈍器で殴りつけたかのような、かなりの鈍い音があたりに響く。
海馬は仕事帰りで、いつも持ち歩くジュラルミンケースを置くのももどかしく口論となっていた。そう、落ちてきたのはそのケース。当たったのは持ち主本人。さすがに絶句した城之内はすぐさま我に返り、大声でモクバを呼んだ。

「海馬って昏倒できるんだな……」
「城之内、無事だったからよかったもののそれはないぜ…」

一連の騒動を思い返し、ぽつりと呟いた感想は被害者の弟のツッコミを食らった。
呆れ半分、同情半分、後者はもちろん敬愛する兄へのものである。それもある意味残酷な気もするが。
だがしかし、笑い話で終わると思えばそうじゃなかった。
簡単な検査も済み、意識を取り戻した海馬は城之内へ向かって言い放つ。

「なぜ貴様がここにいる」

疑問ではなく詰問の意を込め、冷たく告げられたそれ。
最初はまだ怒っているのかと軽く謝罪も踏まえつつ笑いかけたが反応は薄い。

「え、なにお前マジギレ?いやいや待とうぜ、頭打ったんだからとりあえずそれは脇に置いとこうぜ」
「馴れ馴れしいぞ雑魚が。戯れたいのならお友達連中とでも遊んでいろ」

かけられる言葉に対する答えが限りなく冷えている。
さすがに違和感を覚えたモクバがおそるおそる兄へ訪ねた。

「兄サマ、さっき城之内と喧嘩してたんだよね?」
「何の話だ?オレは邸に戻り―――…?」

言葉が途切れ、沈黙が落ちる。
眉を寄せた海馬は表情を引き締め、口を開いた。

「モクバ、今日の予定を確認しろ。オレは何をしていた?」
「わかった!」

弾かれたようにモクバは部屋を飛び出し、城之内はそれに引きずられた。力いっぱい腕を掴み引っ張るモクバの自分に向ける眼差しが、心配そうに歪む。
目まぐるしい流れについていけなかった城之内は、それでやっと理解する。
海馬の中から城之内という存在が抜け落ちていることを。

診断の結果、後頭部へのショックによる部分的な記憶喪失と正式に判明。完璧に忘れられていないのを喜ぶべきか、いっそ白紙からが良かったと思うべきなのか。
どうやら交流していた記憶が根こそぎ消えているらしい。  
綺麗に、自分だけ。
むしろ自分関連というか、ご丁寧に関係があったからこそ遊戯たちともはしゃいだ思い出みたいな、そういう微笑ましい一切合切を覚えていらっしゃらないようなのだ。

「そりゃあ冷たい視線にもなるわ」

納得と共に溜息。ビデオテープを巻き戻したように険悪な仲に元通り、とんだリセットボタンだ。
記憶喪失以外は何の問題もなく、素晴らしい生命力だなと感心しながらちょくちょく様子を見に来ていた。
気になる、気になるに決まっている。第一、来るのが当たり前だった場所に窺いながら訪れなければならないことが、意地になる原因のひとつでもあった。
鬱陶しそうに見てくる海馬に、付きまとう理由を問われたのでいけしゃあしゃあと答えてみた。

「モクバと仲いいから」

一瞬見せた、驚愕と不愉快の入り混じった凄まじい表情に少し溜飲も下がった。後からモクバにも自ら尋ねたらしく、忌々しげな舌打ちを披露してもらった。心が狭すぎる。

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