想定外


「なんだその愉快な状態は」

呼びつけておいて遅れて現れた部屋の主は机の上を見るなり難色を示した。もはや勝手知ったる様子で城之内がくつろぐ海馬邸の一室。調度品の質は値段を考えるのさえ恐ろしく、当初はそれなりに遠慮もしていた城之内だったが「使うためにある」と本人に一蹴されてからは全く気にせずに利用するようになった。
そんな机の上に広げられているのは多種多様、むしろ雑多な物品の数々。

「人が貰った好意にケチつけんなよなー」

嗜めるような口調で軽く返し、ひとつを手にとって軽く微笑む。察したのか海馬の眉がぴくりと動く。
新しいカードのパックから飲食店等の割引券、簡易な包装をされたものもあれば使い古しのものも見受けられる。
それはいわゆる、バースデープレゼントというものだった。

「おはよう城之内くん!誕生日おめでとう!」

朝に駆け寄ってきた親友が満面の笑顔でそう告げるまで、城之内はそのことさえ忘れていた。実際、誕生日なんてここ何年も祝っていないし、そんな暇も心の余裕もなかった。
遊戯たちと交流を深めてからは誰かしらの祝い事や何かではしゃぐことも多く、メンバー内の誕生日も祝っていた。
自分の日付を訪ねられ、もう過ぎていることを知ると「何でもっと早く言わないんだ!」なんて怒られてしまう。
そのまま忘れてしまっていたのだが、今年はその反動か知り合いからプレゼント総攻撃を受ける形となる。それを見たクラスメイトが次々に便乗し、結果、城之内の手には収まりきらないプレンゼントが集まったのだった。

「獏良なんかコンビニのアメ全種類とかだぜ?ネタに走ったのか純粋な好意なのか判別できねーよ」

呆れつつも語る城之内は笑顔を浮かべている。机の端にある紙袋は持って帰るのが大変だろうとこれまたクラスメイトがくれたもの。自分からのプレゼントはそれで、と続いた言葉で大いに爆笑した。

「誕生日とか、まあオレ自身はそこまで思ってなかったんだけどよ。静香とかダチとか、喜ぶ顔見るのは嬉しいし、パーッと騒ごうぜ!ってなる。それと同じでオレを祝って皆が嬉しそうだとなんかそっちのが嬉しいっつーか、まあそういうこと」

とめどない語りを一旦切り、がしがし頭をかいて「あー」だの「うー」だの唸るような声を繰り返す。
そして照れたような笑みで顔を上げ、

「オレがおめでとう!って言いたくなるのと同じように相手も思ってるのってめちゃくちゃ嬉しくね?」

無邪気に破顔してみせた。
穏やかに流れる沈黙、そう思ったのは最初の数秒である。

「いや、何か言えよ」

海馬は今さっきの発言に至るまで、相槌はおろか全くの無反応で城之内を見下ろしていた。

「恥ずかしいだろ!オレ一人でつらつら並べてるのにお前無言とかそれはないって!」

城之内にしてみれば我に返ったところ羞恥プレイ以外の何でもない。しかも微笑ましいエピソードを海馬に、よりによって海馬瀬人に長々と語ってしまったのだ。鼻で笑われて口論へ発展するのもアレだが、何も言われないのはさすがに薄気味が悪すぎる。

「まあいいだろう」
「何が」

ようやくきた反応が少し考える素振りを見せた後の一人納得で気分の悪さが更に増した。だがそれは続く言葉で見事に粉砕される。

「貴様が生まれなければこの時間もなかったのだからな」
「げぇほっ」 

城之内は盛大に咳き込んだ。
――真顔で言った。この男、真顔で言いやがった。
どこの小説やドラマだろうか、まさかそんな台詞を現実に聞かされる身になるとは夢にも思わないし思いたくもない。けれど言われてしまったのが事実である。
本人に自覚のない最悪な殺し文句ほどたちが悪い。

「おま、ば、ばかじゃねーの!いや知ってたけどな!」
「羞恥を憎まれ口でどうにかしようとするのは勝手だが、無駄だ」

城之内の動揺もなんのその、それはいい笑顔の海馬がじりじりと距離を詰め顔を寄せた。

「今日のオレは気分がいい」
「それは何よりだな!」
 
うっかり圧し掛かられるに近い体勢になってしまい抵抗の意を示しつつ相手を押しのけた。さすがにこれで流されるのは城之内の感情やプライドその他諸々が許さない。迫ってるのか取っ組み合いなのか判別しかねる状態のまま、済ました顔で海馬は言う。

「お友達と心温まる交流をしながらも、最終的にオレの手元にいるのならそれでいい」
「ていうか呼んだのお前だし!」

誕生日自体を忘れていた城之内は今日もバイトが入っており、皆で軽く寄り道でもという誘いを断って帰路に着いた。携帯が鳴り、確認したメールには「終わったら来い」の一文のみ。相変わらずの傍若無人っぷりに溜息をついて、バイト帰りに荷物もそのまま訪れたのだ。
来る時点で何か負けている気がするのは認めたくない。
 
「帰す気はない、帰るつもりでもあるまい?」
 
口の端を上げて問いかけてくる相手、自信あり余るその態度に懲りない反骨心がわきあがる。


「聞かなきゃわかんねーの?」

挑戦的に笑って返すと海馬の笑みはますます深くなり、頬に手が伸ばされる。

「どのみち拒否権はないぞ」
「横暴」
「貴様がな」

言うが早いかキスで塞がれ、反論の隙を与えられなかった城之内が息継ぎの合間に睨みつけるとそれをも咎めるような深さで食らいつき、息も絶え絶えになるまで口内を蹂躙した。腹に膝を入れることでようやく解放され、分かるように言えと責めれば、鼻を鳴らして口を開いた。 

「これだけ他人の予定に合わせてオレが動いた事などそうそうあると思うか?奪えるものは奪う主義だというのに貴様は本当に手がかかる――」

鋭く細められた目が城之内を捉える。
 
「だからこそ、手放さん。存在そのものが横暴でしかないな」
「お前が言うかそれ」

唯我独尊を絵に描いたような目の前の馬鹿は城之内が呆気に取られている間にまたも腕を伸ばし、抱き寄せてくる。頭の痛い現状に、抵抗する気にもならない。
了承と取ったのか、機嫌の戻った海馬が楽しそうに言う。

「責任を取らせてやろう」
「うわ、すーげー嬉しい」

限りなく棒読みで返してやったが、自分に都合よく解釈する天才が汲み取ってくれるはずもない。微笑ましく温かく始まったはずの一日は素晴らしい幕切れへと向かっていく。

「全力で祝ってやる、喜べ」

ここは受け取っておくべきなのかどうか。




2009.1.25 アンソロジー寄稿。
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