09:「気持ち悪い」 「城之内」 聞こえる声を思い切りスルーした。 「城之内」 さっきよりも苛立ちの含まれたそれにもオレは答えない、答えるわけがない。この男はそろそろ自分中心に世界が回っていないということを思い知るべきだ。命令形以外の言葉を使えないのか、現代国語は何の為にある科目なんだよ、勉強できるんなら日常に生かせこの野郎。心の中で毒づくこと数秒、イライラが増す中、懲りない海馬の馬鹿な発言が不機嫌な声で澱みなく放たれた。 「返事をしないのなら貴様の携帯に着ボイスでオレの声を満遍なく設定した上、アラームで鳴り響くようセットして持たせるぞ」 「何だその地味にうざい嫌がらせは!!しかも申告した時点で回避可能じゃねぇか!」 激しく声を上げてツッコんだところで我に返る。海馬がにやりと口角を上げたのが見えた。 しまった…!ハメられた…!!くだらない挑発に乗ってしまった、だがしかしコイツの場合はやらないとも限らないと思わせるところが嫌だ。 「着信拒否にしてやる……」 悔し紛れに呟いた意趣返しは思いのほか効果があったらしく、穏やかじゃない様子で睨みつけてきた。 「ほう、それは拉致されても文句はないと見なすが?」 「お前心狭すぎだろ!!」 連絡取れない=即確保ってオレは指名手配でもされてんのか。何かおかしくないか、いや、問うまでもなかった、おかしいのは目を逸らしたくても認めるしかない厳然たる事実なんだ。今更すぎる確認にうんざりしていたところ、ご機嫌斜めな社長様が仰った。 「貴様が答えないのが悪い」 高校生にもなって拗ねんな!!罵りたい気持ちと遣る瀬無い気持ちと呆れや馬鹿馬鹿しさ、その他もろもろが込み上がって言葉にならない。それはあれですか、一番最初のオレの態度にかかってくるんですか。そもそもオレがだんまり決め込んでる原因だってお前なんだから拗ねてみせるのは違うだろうよ! ああもう、口をついて出るのは諦めか嘆きか。 「お前ほんと気持ち悪い」 |
10:首を絞める 「好きだ」 人気のない教室で扉を閉めるのも煩わしげに、睨みつけるよう言い放たれたのはそんな台詞であった。 「何の嫌がらせだ」 「罰ゲームだよ」 持ち上げようとした鞄を机に戻し、溜息をつくのも面倒だという様子で不機嫌な声が落ちる。 だがそれを凄まじく失礼な切り返しが叩き落し、不快指数は跳ね上がった。 嫌々言いに来たと態度で表しすぎて余りあるくらいの城之内が憎々しい。 「貴様らはそんな悪趣味な遊びをするようになったか」 年相応かそれ以下か、悪ノリ上等のお馴染みメンバーの顔が浮かび、吐き捨てる。 くだらない思いつきに自分を組み込んでくるとはいい度胸だ。 「悪趣味にも程があるぜ、やってらんねーよ」 「その悪態をつく権利はオレにあるわ!」 懲りずに文句を紡ぐ城之内に我慢ならず、声を荒げて反論する。 いきなり一方的に理不尽な精神攻撃を受けて黙っている気性ではない。 だがそこで発展するかと思われた罵り合いは続く城之内の激昂で吹き飛んだ。 「お前を好きとか罰ゲーム以外のなんだってんだ!!」 心からの、力の限りの、不本意と困惑と悔しさと怒りを混ぜ込んだ逆ギレが海馬を真正面から襲う。 世界がひび割れるかのような衝撃を受けた海馬は動くこともできずに目を見開いて硬直した。 勝手にぶつけてきた当の本人は言い切って気が抜けたのか、だらりと机にもたれかかりぶつぶつと愚痴を零す。 「あーもー、ほんとねぇよ、これはねぇよ……オレの人生終わった…」 心底絶望を滲ませて語る城之内の声が遠い。 くらくらする頭を押さえ、ともすれば覚束なくなりそうな足取りを気合で踏みしめ必死の形相で詰め寄っていく。 こちらを見もしない相手の手首を強く掴み、身体を引き上げ視線を合わせる。 「そんなもの、とうにオレは悔やみ飽きた…!」 憤慨と屈辱を圧縮させたその呟きに、遣る瀬無さを湛えた表情が驚きに塗り代わり、止まる。 水を打ったように静まり返った空気をぶち壊したのが城之内の爆笑だったことは海馬の忌々しい思い出の1ページに刻まれた。 |
11:キス 「要するに受け付けんのだろう?」 湧き上がった感情は衝動となって身体を勝手に導いた。 余りに腹が立った、そう形容すれば行動に解説をつけることは出来るだろうか。 元より正当性など求めるつもりはないが、己自身、何故そのように動いたか判断しきれていないのだ。 ただ目の前で呆れるほどの間抜け面を晒している相手が妙に憎らしく、癇に障り、海馬は無意識に舌打ちをした。 妙な距離感で響いた小さく乾いた音は呆ける愚か者を正気に戻すには十分だったようで、丸く見開かれた瞳がみるみるうちに鋭く睨みつけてくる。 鬱陶しい。怒りをあらわにしたいのはむしろ己の方であり、侮蔑の言葉が脳裏をいくつも渦巻いて回る。 「…んだよ、その態度。今の被害者はオレだろ?どう考えても」 今にも殴りかからんとする殺気を放って低い声で城之内が騒ぐ。気分が悪い。 「この程度のことで被害者気取りか、随分と繊細な神経を持っているのだな」 「ふざっけんな!嫌がらせもここまできたら変態の域だぜ社長さんよ?気色悪いことしてんじゃねーよ」 腕を振り払うような大仰な仕草と共に吠え掛かる、片手で口元を強く拭う様が目に入った。 「ふん…気色悪い、か」 一歩踏み出せば、構える姿勢でこちらに向き合う相手。中途半端に取られた距離を縮め際、口に当てられた腕を掴み上げる。 「いい態度だな。雑魚の分際でよほどオレをコケにしたいとみえる」 「馬鹿にしてんのは明らかにテメェだろうが。放せよ、人外」 どこまでも反抗の意を示し剣呑な視線が返された。くつりと喉が鳴り、笑いが零れる。音となって空気を震わせ、呼応して何がしかの感情が高まっていく。 「オレが人でなければ貴様はなんだ?凡骨。噛み付くか尻尾を振るかしか能のない癖にしゃしゃり出おって。いつまでもお友達連中と仲良く“ごっこ遊び”にでも興じていればよかろう。目障りだ」 侮蔑と嘲笑を込めた言葉は正しく伝わったか、チンピラの如く鼻で笑ってのけた城之内が歪んだ表情でなおも言い募る。 「テメェにだけは頼まれても愛想なんか振りまかねぇから安心しろよ」 「当然だ」 知らず口元に笑みが浮かび、言葉が漏れる。言い聞かせるように確認するようにあるべき姿をただひたすらに。 「生温いものなどオレはいらん。貴様は何度でも愚かに向かってくるがいい、そして這い蹲りオレを見上げていればいいのだ」 「さっすが素晴らしい自己中だな。見下す奴がいなきゃ安心できねえのかよ」 睨む眼光は殊更に鋭く、歪む笑みは挑発と嘲りを届けてくる。 ああそうだ、答える音はある種の興奮さえ交えて、 「その位置にいる貴様が悪い」 頂点に達した。 「言っただろう、目障りだ。生意気な態度も情に流されやすい軟弱さも馴れ合いで誇らしげなその姿も、全てが全て!」 「だったら近寄んな、迷惑――」 吐き出した後、被せるように噛み付いてくるのを海馬が物理的に押さえ込む。掠めた拳をものともせずに肩を掴んで唇を重ね、抱き寄せたのだ。 一度目の事故に近いものではなく、本気の口付けを。 「貴様はオレを見ていればいいのだ、城之内」 唇を離すのももどかしく、何度も繰り返されたそれの合間、冷めた声が飛んだ。 「脅迫なら他でやれ」 |