07:笑うな 舌打ちひとつ、もうどうにでもなれとでもいう感じで言い捨てた。 ヤケクソを通り越して訳のわからない開き直りをしている自覚はある、少なくともこんな喧嘩腰で口走る内容じゃなかったのは重々承知。 とにかくうざかった、確実な示し方を求められるのはここまでくると嫌がらせだった。 そうに違いない、分かっている、だから大人しくしろだのと矢継ぎ早に切り込む馬鹿が果てしなくどこまでもうざいのだ。 「いいだろ別にそんな分かりきったこと」 あれだけ煩かった口が止まった。 数秒経過。 見たら負けだと思いつつ、これは状況把握だと自分を奮い立たせて横目で相手を盗み見る。 むかつくすまし顔で一時停止。マジギレか呆れたか判別する前に奴が動く。 顔色ひとつ変えないがぎこちない、僅か空中を彷徨った視線がオレとかち合い、すぐに逸れた。 「はは、まさか今ので照れたとかいうなよお前」 「黙れ」 言い切る前に飛んでくる憎悪の声。滑らかとは言いがたい動きで腕を組み、苛立たしげに足を組み替えた。 「ちょ、おま、マジで?!マジで照れてんの?!大丈夫か頭!」 「喧しい!喋るな口を開くな一切の発言を認めんオレがいいと言うまでその場も動くな貴様のくだらん啖呵で思考が途切れただけの話だっ」 「いや、どんだけテンパってんだよ…」 押して駄目なら引いてみろ、使い古されたフレーズが頭を回る。むしろ実はこいつ、ガッタガタじゃねぇのか。 望んでおいて、放り投げたら受け取りきれずにすっ転びやがった。 「お前にだけは使わねー単語だと思ってたけど…」 ニヤリ、口元を上げて覗き込む。 「可愛いとこあんじゃん?」 |
08:触るな オレはものすごくキョドっていた。 こんな単語を吐こうものなら「正しい日本語を話せ」と蔑んでくる胸糞悪い野郎がいるが、そのキョドっている原因がそいつなんだからこの場合はどうしようもないと思う。 基本的にオレは免疫がない。何かは聞かないでくれ、自分が悲しくなってくる。ともかく、慣れていないのだ。第一こんなものに慣れなんてもんがあるのか。 だから気持ちがついていかないしそれより気持ちって何だよ何でそういう方向になるんだよああ分からねぇ、分かりたくもねぇ。 一生解決しないだろう難問を抱えてオレは逃げ出したい気分になった。困難に立ち向かうなんて屁でもねぇとか言ったって、さすがにこういうのはどうしたらいいかわからないのだ。 雰囲気っていうのか?ふいんきっつったら馬鹿にされた思い出が……ってまたこいつの話かよ!そりゃ喧嘩売ってくる回数が多けりゃそうなるよな、じゃなくてああもう! 全て悪いのはこの空気だ、思わず後退りしたくなるよく分からないむず痒いようなこの空気がいけない。そしてその原因となった海馬はもっと悪い。 とっくに許容量を越えているオレが気を遣った対応なんかできるわきゃねーんだ、だから悪くない、オレはもちろん悪くない。 そうそう強い力でもなかったが、伸ばされた手を振り払うという行動は洒落にならないことがとても多い気がする。 こっちだって本気で余裕がなかったわけで、だからこそ反射的にそうなっちまったわけで、それでいちゃんもんをつけられても知るかコノヤローでしかない。 ないが、さすがにそれで固まられるとオレもどうしていいかわかんねーっつーかわかりたくもねーっつーか。 だからさあ、だからさあ、それはないと思うんだ、オレは。 「強引なくせに無表情で停止するな!どんなガラスハートだお前は!」 痛みすら感じない軽い衝撃、それは無意識であるが故の拒否、に思えた。 いつでもどこでも喧しい輩は黙っていても静寂とは無縁で人を払いのけた直後、驚いた顔と共に百面相をやってのける。 忙しなく変わる表情が焦りと混乱と苛立ちを如実に伝え、まるで悪いのはこちらとでも言いたげだ。 馬鹿馬鹿しい、心の底から馬鹿馬鹿しくそして苛立たしい。 そのような態度を取るのなら始めから全て拒めばよい、白か黒か0か1か判別できないものなど不愉快なだけだ。 だというのに、いつまでもいつまでも人を掻き乱して判断力を鈍らせて挙句の果てには責任転嫁か。 不愉快だ、果てしなく不愉快でしかないこの存在を御しきる術を心から所望する。 「いい加減、貴様も同罪だということを理解しろ」 理解する気もないのなら、内面になど触れてくれるな。 |