05:踏みつける 出来心だった。たわいのない好奇心が膨らみに膨らんで実行に移されるのにそう長い時間はかからない、何故なら城之内はくだらない悪戯に率先して参加するタイプであるからだ。 風になびいて地面スレスレをふわふわ漂っている、それ。重力に反したかのように綺麗にたなびき続ける端っこを、ダンッと勢いよく踏みつけてみた。 「っ――!?」 衣服を引っ張られる感覚に驚いたのも束の間、バランスを崩された海馬はその場でたたらを踏み、こける寸前で膝をつき回避する。咄嗟の判断で無様に倒れることはなかった様子におお、と他人事な感嘆を漏らす。 「……っ貴様」 硬質な音が響き渡りそうな鋭い視線が突き刺さる、これは怖い。 「いやいやいやほらよく漫画とかであるだろ、裾踏んづけて転ぶやつ。本当になるのかなーって」 「言いたいことはそれだけか」 ゆらり、立ち上がる海馬の目も表情も笑っていない。翻る真っ白なコートにはシューズの型がくっきりと、それはもう見事についていた。 「ちょっとしたかわいい悪戯じゃねーか。お前なら絶対怪我しないし大丈夫っつー信頼を込めてだな」 「よく回る口だ、くだらん言い訳に饒舌になるくらいなら他の事に頭を使えこの凡骨が!」 もっともらしい口振りで返す城之内は果てしなく白々しい。 今にも掴みかからん形相で声を荒げる相手にも動じない。 何故なら2人は喧嘩中だった。 冷戦状態に陥った膠着を粉砕したのが先程の裾踏み。 雨降って地固まるかどうかは、まだまだ分からない。 |
06:この◆◆ ※好きな罵り言葉をどうぞ 「はあ〜?なんでわざわざ男なんか口説かなきゃいけねーんだよ、悪戯でも楽しくねぇよ」 とてつもなく嫌そうな顔でのたまう城之内は照れや誤魔化しではなく本気で引いていた。 「では適当に女でも口説いてきたらどうだ」 そんな反応は想定の内とばかり、どうでもよさげに海馬も返す。何故こんな話題になったかもはや覚えていないが、売り言葉買い言葉は常のこと。特に意味のない投げっぱなしの会話が終了したかに思えたその時、やけに真面目な声で返事がきた。 「その気もないのに失礼だろ」 予想だにしないトラップである。 くだらない言葉遊びの口喧嘩もどきでよもやこんな返答がくるだなんて考えはしない。ちらりと視線を走らせるも、当の本人は発言の重さに気付いていない。あまりの無自覚っぷりに海馬はある種の感心を覚えた。 「あー、でも口説くか…口説くねぇ……」 ほんの数秒混乱しているうち、城之内は城之内でぶつぶつと何事か思案し、うろんげに見る海馬と目線を合わせる。んー、と首を傾げて唸った後、距離を詰めて海馬の顎を軽く持ち上げた。 「お前が欲しい」 一連の展開のスピードに全くついていけず反応し損ねた海馬は今度こそ完全に硬直した。 天下のKC社長は案外、アドリブに弱い。 一瞬の静寂も、すぐさま噴出す音でかき消された。 「なーてな!ぶははははは!!ゲームとかで見たことあるぜこんなの!」 自分で自分の行動がツボに入った様子でばしばしとそこらじゅうに手のひらを叩きつける。げらげら1人笑い転げる城之内に対し、海馬はぴくりとも動かない。しばらく爆笑の渦に飲み込まれていた仕掛け人はさすがに全く反応がないことを不思議に思い、マジギレさせたらそれはそれで面倒だと窺うように覗き込む。 途端、乱暴な腕が胸倉を掴んだ。少し無理な体勢で引き寄せられかかる負荷に表情を歪める。俯き加減な為、前髪に隠れて見えない目がかなり怖い。たっぷり間を取って口にした言葉と共に瞳が光った。 「…煽るのもいい加減にしろ」 押し殺した声音に驚く暇もなくソファの背に身体を押し付けられる。素早く腰へ回された手が探るように動き、素肌に触れた。 「何がだよ!どさくさにまぎれてさわんな!」 いきなり襲われる形となった城之内は当然力一杯抵抗を始め、ムードもへったくれもなく取っ組み合いが敢行される。積もり積もった海馬の怒りはいよいよ爆発した。 「煩い!そんなに欲しいのならくれてやるわ!この無神経が!」 「どっちがだ!さかってんじゃねーよ!死ね!」 直球すぎる言動に羞恥心という名の拒否反応を起こした本日の生殺しチャンピオンは心から叫ぶ。 そう狭くはない、むしろ広すぎる一室で見事な投げ技が一本決まった。 |