03:舌打ち


部屋の中の空気はあまりよろしくなかった。
さっきからソファに無言でふんぞり返っている主がとことん怒りのオーラを放っているからだ。

別にコイツの機嫌が悪くなるのは日常茶飯事だが、そろそろ鬱陶しい。

「せーの、」

口にしてすぐ、パチン、弾けたような音を響かせる指、というか爪。
改心の一撃のデコピンは社長の眉間にクリティカルヒットした。

「………貴様……」

数秒の沈黙の後―――さすがに部位的にかなり痛かったんだろう―――地を這うような声が唇から零れる。
でこぴんを食らわせた人差し指でぐりっと眉間を押してのばす。
何をって?

「あんまり常備してっと癖んなるぜ、皺」

口元で笑ってやると、怒りのオーラが沈静化し少し見開いたような瞳とかち合った。だがそれも一瞬のことで、すぐ忌々しげな眼差しに変わり、鋭い舌打ちでもって返された。

どんだけ怒ってんだよ。

口に出す前にそのツッコミはお蔵入りとなった。何故ならいきなり力強く抱き寄せられたからである。
耳元で素早く鳴らされる再度の舌打ち。

「そんなにむかつくなら殴るなりしろよ。新しい嫌がらせか」
「貴様こそどんな嫌がらせだ。俺を陥れてそんなに楽しいか」

はあ?意味が分かるわけもなく、相手の顔を見てみれば、とことん不本意そうな悔しげな海馬の表情がそこにある。

「貴様のくだらん行動にさえ心乱されるオレの身になってみろ!」

忌々しいどころか憎しみさえ篭ってるんじゃなかろうかという声音で吐き捨ててきた。今にも歯軋りしそうなくらい悔しがってるのは何でだ。

それって……なあ、

「お前、馬鹿じゃね?」

心からそう言ってやった。

というかマジでわけわかんねぇ。
なんなんだこの宇宙人、やっぱり人間じゃなかったんだな言葉が通じない。
そのあとも間断的に怨嗟のような呟きを繰り返す海馬に「おい馬鹿社長」と呼びかける。
凄い形相で睨んでくる相手が三度目の舌打ちをする前に、頭を掴んで口付けてやった。失礼なことに表情と一緒に固まりやがったので唇を舐めたら、ようやく深く重ねてくる。

薄く開けた視界に映る、海馬の眉間に皺はない。

本当に手のかかる奴だ。

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