01:気に喰わない


まずその態度がありえない。
自分を絶対至上のものと信じて疑わない人間は物語の中くらいだと思っていた頃が懐かしい。
荒れてる時に馬鹿はたくさん見た―――その馬鹿に自分も混ざっていることは理解している―――だがしかし、ここまでのレベルの相手はお目にかかったことがなかった。 それがタメだというのだから手に負えない、マジで関わりたくない。 生きていく上で多少の刺激は必要だというけれど、こいつの場合は過激っていうんだ。

つらつら考えていたらムカツキ度が増してきたので、後ろ頭をはたいてやった。察知して避けるな、むかつく。殺気を感じたからな、なんてすまして答える顔が更に腹立たしい、それが整っている事実も癇に障る。なんで女はこんなすかした顔が好きなんだ、人間は見た目ではないと強く主張したい。 そう中身!中身が大切なんだ何よりも大切なんだ、それがなんなんだこの男はいいところを挙げるほうが難しいしそもそもいいところなんてあったか?ああまあ、あれだ弟のことに関しては人間味を認めてやってもOKだ、オレも妹は凄くかわいい、その点だけは褒めてやる。でもだからってそれ一つで全てがチャラにできるようなお人よしではオレはない、断じて違う。相変わらずの言動行動に呆れ果てるを通り越したって仕方のないことだろうよ。
ああもうやっぱり駄目だ、むかつくうぜぇ、消えてくれよお前ほんと嫌なんだよ。
もはや意味もなく断続的に繰り出した拳がやおらヒットした。適当な勢いだから大した威力もないが割と鈍い音。ざまみろ、と思うと同時に、あ、やべ、と感じる自分がいる。
ゆっくり振り返る奴の表情に変化はなく、ものも言わずにオレへと手を伸ばす。当然払いのけ、睨みつける。

「何だよ」

めげない右手がまた伸びてきて頬に触れる、と見せかけ左手が肩を掴んで引き寄せられた。しまったフェイントかよ反応しのがしたじゃねーか。鬱陶しい距離に近づいてくれた社長様は先程の直撃に対する疑問を速やかに解決してくださった。

「一度当たればそれなりに溜飲も下がるのだろう」

やっぱ気に食わねぇ。

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02:調子に乗るな


まどろむ意識の中で誰かが近づく気配を感じた。誰かなんて言ってもこの部屋の主を考えれば選択肢はただひとつ。 分かっているからこそ割と好き勝手にくつろがせて頂いているのだ。 少し横になろうと思っただけのはずが眠りに誘われ、起きているのか曖昧な心地良い時間を過ごし始めてまだ数分、 動きたくないしこのまま眠ってしまいたいのは仕方のないこと。だから、自分に気付いた海馬には悪いが、そのまま思考を緩やかに閉じていった。
眠りに落ちる寸前、近づいた気配と体温に身を捩る。だがその温かさは頬に触れ、次に額、瞼、口元と柔らかな接触を繰り返した。くすぐったさに更に身をひねり、横を向く。しかし今度は耳に輪郭に首筋に絶やすことなく繰り返す。何が、だなんてとぼけるつもりはない。というかこんなことをされれば目も覚めてくる。これはあれだ、寝込みを襲われる5秒前、いやもう襲われてるのか。ゆっくり昼寝も出来ないのかこの部屋は。

最初こそ、触れるだけのキスだったが、さっきから妙に唇を押し付けてくる感触が鬱陶しい。続けさせたら跡をつけるどころじゃない展開になってきそうだ。寝てると思って好き勝手しやがってこの変態!怒りを込めて寝相の振りして乱暴に払いのける。数秒静かになったので安心しかけたら今度は軽く肩を固定して唇を落とす暴挙をかましてきた。イラッとして勢いよろしく腕を振り回す。

べちっ。なかなかに間抜けな音で掌が海馬の顔に命中した。たぶん、勢いからして結構痛い。自業自得だざまーみろ。少し気分良く口の端を上げたオレに向けられたのは不機嫌な声。

「…調子に乗るな」
「てめぇがな!」

我慢の限界に達したオレは目も開けずに、密着している馬鹿を張り飛ばした。

激しく静かになった部屋の中は微妙な空気で固まった。海馬がどうなったかは知らない、目を瞑ったままだからな。ただ結構近くにいることは分かる、気配で。 眠気はほとんど飛んでしまったが、出て行くのも相手をするのも癪なので、寝る体勢を維持したまま、出方を窺うことにする。

そう簡単に折れてたまるか。

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