思い込み


その日、予定していた時間より幾分早く仕事を終えた海馬は、邸内に居る人物を一瞬理解できなかった。

「何故、いる」
「んだよ、いつでも来いって言ったのお前じゃんか」

まずは数日振りに一緒に食事ができるモクバに声をかけようと居間を覗いたところで海馬は止まった。
お帰りなさいと駆け寄ってくる弟を受け止めつつ、視線は城之内へと固定される。

「今日は城之内、泊まっていくんだぜい!さっきまでゲームやってたんだ」

嬉しそうにはしゃぐ様子を微笑ましく思い、頭を撫でたものの現状を把握しきれない。
夕食まで宿題を済ませてくる、と手を振って退室したのを見送り、探るような視線を城之内に注ぐ。

「海馬、さっきからうざい」

凝視攻撃に耐えかねたのか、追い払うような手を向けられた。

「貴様こそなんだ、貴様こそ意味が分からない」

確かにいつでも好きに部屋を使えばいいと言ったのは海馬だ。
現在のバイト先からは自宅よりも海馬邸の方が近く、朝のシフトが入っている時などはここで泊まった方が手っ取り早い。 城之内の体力が人並み以上だとしても負担のかかる生活を続ければ参ってしまう。実際、過労一歩手前までいった相手を 有無を言わさず連れ帰ってきたのは記憶に新しいほどでもないが古くもない。モクバに言わせれば「人を気遣うなら自分から」 のレベルであろうが見過ごせないのだから仕方のないことだ。

――だって、オレの家じゃあないだろ。

最初に使えと言った時、即答されたのがこの言葉。
友達の家にちょっと泊まりましたなんて次元ではない、生活を保障してもらってるも同然の扱いである海馬邸での時間を 城之内は受け入れようとはしなかった。
ただ、遊びに来る。それが彼のボーダーラインであり、セーフティゾーンである。

「用がなくちゃ来ちゃ悪いか」

さらっと落とされた声は温度が感じられず、部屋が冷えた。
黙ってしまった海馬に息をついて表情を崩し、呆れたように城之内が口を開く。

「同じようなこと言っていっつも呼びつけてんじゃねーか」

バイト帰りに丁重に拉致されるのは毎度のことで、城之内の生活を尊重しているようでしていない行動には溜息を禁じえない。 回数が重なればお迎えのSPとも顔見知りになって、いつもすみません、なんてお互いに謝りだしたこともある。 労働後だから疲れているのに連れて来られればあまり機嫌良くもできない、何の用だよ、とぶっきらぼうに言ってみれば 「用がなくてはお前に会えないのか」ときたものだ。真顔でしかも若干不機嫌に言われてしまうと何故か自分が悪いような気になってくる。
要するに拗ねたんだと理解してからは流すようにしている。 単純熱血に見せかけて妙なところで要領のいい城之内は海馬の相手をするようになってからスルースキルが格段にアップした。

「あのな、オレが会いたかったとか、そういう考えにはいかねーの?」

整合性を求めようと難しい顔をしている部屋の主に今度こそ呆れを滲ませて、ソファに寝転んだ来客が頬杖をつく。

「は…」
「オレ、お前のこと一応好きなんだけど」

そこからは素早かった。真顔で見事に固まってくれた海馬にひらひら手を振ってみたら急に目つきが変わって城之内は飛び掛られた。 否、抱きつかれたと言った方が正しいのか。むしろ体勢としては押し倒されている。

「一応は余計だ」

ようやく喋った一言がそれ。相手の体温と重さを感じながら、本気で脱力する城之内。

「お前さあ、一方通行じゃないからオレがいるってわかってる?」
「いま分かった」

不安定な体勢のまま離れてくれない海馬の背中をつつくに留め、片手で緩く抱き返した。

「薄情な奴」

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