好日なり


今日も今日とて、重厚な扉の向こうから聞こえる騒音。
当初は心配げに様子を窺うべきか悩んでいた使用人たちも慣れたものだ。 慌てず騒がず、呼ばれたときにしか動かない。基本中の基本を徹底するしかないことを早々に学習したからである。
渦中に踏み込めるのはこの邸ではただ一人しかいないのだから。

予想通りの展開となっているだろう部屋の中を思い、モクバは軽く溜息をついた。
よくもまあ、毎度毎度飽きもせずに同じようなことで揉められるものだ。
口喧嘩を通り越した罵り合いが挨拶だったりする敬愛する兄と城之内は寄ると触るとこうなる。
自分もハラハラドキドキ見守ったりしたクチなのだが、あまりに回数が重なればもはや諦観したくもなってくる。
むしろ突っ込んだら負けなのだ。馬鹿馬鹿しいと思いつつ軽く覗ける程度に扉を開く。

がちゃり。少し隙間が開いた途端に聞こえてきたのは遮るものがなくなった罵声だった。

「うっせーんだよ根性悪!どこか迷惑にならないところで馬鹿笑いでも何でもしてろ!」
「貴様に馬鹿と言われるほど落ちぶれてはおらんわ!ええい忌々しい!」

僅かの距離を置いて睨み合う様子は一触即発どころではない。だがしかし交わす言葉のレベルは高いとは言い難かった。 扉を盾に警戒しながらくるりと室内に視線を走らせて、被害がないか確認する。

「あのさ、二人とも」

合間に落ちた静かな声に、罵り合う二人の意識が引き戻される。
ほぼ同時に振り向いた当人たちの表情が変わる前にモクバは事務的な通達を一言。

「惚気るのは勝手だけど、モノは壊さないでね」

パタン。言うだけ言って即座に閉まる扉。数瞬の間を置いて、取り残された側が声を発した。

「モクバのスルースキルが進化してる……!」
「ま、待てモクバ!何をどうしたらその結論に――」

片や驚きと賞賛、片や動揺しまくりで全く噛み合わない二人はお互いの発言を聞きとがめ、再度睨みあう。

「貴様!感心してどうする!」
「お前こそツッコむところちげーし!」
「なんだと!?あのような理不尽な勘違いを許してたまるものかっ」
「あー!もうガチャガチャ言うんじゃねーよ!惚気っつわれても否定できねーっつの!」

たまりかねたように机を両手で叩きつける城之内、口にした内容に海馬がぴしりと固まった。
直情型のくせして妙なところで弱いというのはどうなんだろうか。
城之内は思わず呆れて、怒気も毒気も抜けてしまう。まったくもって仕方のない男だ。
言うべきか言わざるべきか逡巡し、なかなか動かない海馬を恨めしそうに睨みつつ片手を顔に当ててぼそりと呟く。目は合わせない。

「だってお前、オレがこないと拗ねるだろ」

空気に乗って届いた台詞は海馬の目を見開かせることに成功する。
たちまち、はちきれんばかりの殺気を放って屈辱にまみれた声を上げた。

「きさっ貴様オレをなんだと…!」
「手のかかる残念な馬鹿」

視線を交え、言い終える前に切り捨てれば絶句する相手。わなわなと震え睨む様子に、今度こそ口と共に手を出すだろうと予測してあらかじめ用意していた二の句を次ぐ。

「でもほっとけない奴」

完全停止した社長様をニヤリと見遣り、城之内は両腕を伸ばした。体温を分け合う意味合いで。
変わり映えのない日常ほどなんとやら、だなんて思いながら。





リクエスト「喚こうが罵ろうが現状が幸せ」

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